QT/diary

日記だよー

キャサリンとの攻防:オムカラ部編

キャサリンのこと

 下唇の裏側、ちょうど歯の当たる部分を噛み切ってしまい、口内炎になってしまった。腫れ上がった患部の中央は白く色が抜けていて、何をしていなくても痛い。唇を動かすと歯に触ってしまうから、当然、ものを食べると痛いし、話すのだって痛い。  ここ数日、わたしは治りを早めるためにビタミンCの豊富なグレープフルーツを食べ、柔らかな食事で咀嚼回数を極端に減らした。刺激になるような味の濃いものは飲まず、水 *1ばかりを飲んだ。  それなのに。口内炎ときたら、まったく治る気配がない。生意気にも、本体であるところのわたしの意思に逆らうのだ。あんまり生意気なので、わたしは口内炎をキャサリンと名付けた *2。なぜかといえば、なんとなく、キャサリンという響きがツンと取り澄ました、ちょっと生意気な感じの女の子のイメージを持っているからで、難の根拠もないわたくしの偏見のために迷惑をおかけしてしまい、全世界のキャサリンさんには大変申し訳ないと感じております。ゴメン。ちなみに、次点はエイミー。次の口内炎にはエイミーと名付けるつもりだ。  今回は、キャサリンとわたしの間で起こった攻防について、ここに記しておきたいと思う。  わたしは先日、オムカラ部というオムライス部とカラオケ部の活動を一度に行うことができる、貴重な機会を得た。念のため説明しておくと、オムライス部というのは、部長であるねんざ氏とともにオムライスを食べることを目的としており、みんなで楽しくおいしいオムライスを食べることができるという素敵な活動である。そして、カラオケ部とは、もはや説明するまでもないが、カラオケをする活動である。オムライスもカラオケも大好きなわたしにとって、オムカラ部の活動日は待ちどおしく、前夜は寝付けないほどだった。  すでにお気づきの方も多かろうと思うが、キャサリンはオムカラ部の活動をする上で、邪魔な存在だった。キャサリンがいる限り、どれほど好きであっても、食べることも歌うことも苦痛だからだ。目の上のたんこぶならぬ、唇の口内炎である。オムカラ部を楽しむには、キャサリンとできるだけ、可及的すみやかに手を切らねばならない。そういうわけで、わたしはキャサリンの機嫌を損ねず、早々に消えてもらうために、数日かけて彼女をさんざん甘やかしてきた。一日に何度も何度も薬をつけてやり、刺激したりしないよう、くちをポカンと開けた間抜け面のまま過ごした。あまりの間抜けな姿に、見たものはたちまち戦意を喪失したに違いない。だがしかし、女子力がどれほど下がろうとも、キャサリンとの永訣を迎えるためなら、わたしはなにも厭わなかった。なにも。すべてはオムカラ部のために。

オムカラブ:待ち合わせ前

 そんなこんなで迎えたオムカラ部当日。相変わらずキャサリンはわたしの唇の裏側に鎮座ましましていた。こころなしか前日よりも周囲の腫れが酷いように思える。あれだけ甘やかしてあげたのに、何が気に入らなかったの……。やはり、塗った薬がまずかったのかもしれない。実は、その薬は〈口内炎薬〉ではないのだ。口内炎薬を買ったつもりが、なぜか隣にあった「歯槽膿漏薬」を買ってしまっていたのだった。一両日ほど気づかずにいた自分の認識力の甘さに絶望しつつ歯槽膿漏薬のパッケージを読んでみたところ、口内炎にも効くとのことだったので塗り続けていたのだが…… *3。繊細なキャサリンをますます傷つける結果になってしまったらしい。 「キャサリン、あなたが口内炎だってことはちゃんとわかってるわ。そうね、ほんと、あなたは歯槽膿漏なんかじゃないわよね。あなたが怒るのはもっともだわ。わたしが悪いわね、ごめんなさい。でもだからって、そんなに自己主張して腫れ上がらなくたっていいのよ……」  デンタルフロス、歯磨き、モンダミンで口内を洗浄し、歯槽膿漏薬をキャサリンにたっぷりつけ、そろそろ出かける準備をしなければならない。女子たるものは化粧をしなければならないのだ。人類の歴史の中で、化粧というのは呪術的な意味を持っていた。妙齢の女子は「家」という結界から外に出る場合、顔に化粧を施すことで、外界の邪気から身を守らなければならないのである *4。しかし、顔の皮膚が動くと皮膚のつながっている唇にも響くため、化粧ひとつひとつの行程が、キャサリンとの戦いであった。総計30分ほどを化粧に費やしていたが、キャサリンの反撃はすさまじかった。化粧を終える頃には、「王蟲のライフはもうゼロよ」状態に陥り、わたしはマスカラの存在をすっかりわすれたまま家を後にすることとなったのだった。もちろん、口紅の類は塗っていない。恐ろしくて塗ることができなかった。

オムカラ部:タイ料理

 オムカラ部の前に、参加者数名で腹ごしらえに向かった。昼食はタイ料理である。繰り返す、タイ料理である。「口内炎でタイ料理……? 大丈夫なの……?」(SE:ざわ……ざわ……)というメンバーの反応を、わたしは、はねのけた。  タイ料理……わたしとタイ料理の間には、化学繊維一本ほどのか細い因縁がある。数年前、胃炎にもかかわらずタイ料理を食べ、翌日胃から出血した師匠を持つわたしとしては、キャサリンごときでタイ料理を諦めるわけにはいかないのだ。師匠の敵は、内弟子として可愛がられているこのわたしが討たねばならない! ぬうん!  決戦の場は、「クルン・サイアム×アティック×」。絶品のタイ料理が食べられるお店である。席に座るまで比較的おとなしくしていたキャサリンだったが、一品目から激戦となった……。  甘さと辛さが絶妙で美味しい。まさに、「白米さえあれば、これだけで満足」。これはわたしにとっての最上級の褒め言葉である。(ちなみに、料理名は忘れました。てへ。)前菜はあとに続く料理の、一連のストーリーを予感させるものでなくてはならない。それは、フランス料理のコースだけに限らない。どんな店であっても、だ。もちろんフランス料理のコースと日本料理のコースでは、まったく趣が違う。前者が恋人たちのものであるのに対して、後者は季節を味わう、いわば自然との一体感を得る儀式のようなものだからだ。前者の終わりに給されるデセールが、なぜ濃厚な甘味を持つものばかりなのかと言えば、それが、デートのクライマックスに向けた助走だからであるという。恋人たちの夜はレストランのコースだけで完結するものではなく、〈食べること〉はデートの一部を為すという文化的な意味があるのだ。 *5。話は大いに脱線したが、何にせよ、その店で一番初めに口にするものは非常に重要なのだ。  だが、キャサリン。キャサリンの痛みは凄まじく、わたしの顎をも痺れさせるほどだった……。もう激痛。言葉も出ない。しかし、美味しい。痛みと旨みのお祭り騒ぎで、わたしの脳は真っ白であった。  ランチには、プラス200円でスープや生春巻きをつけることができる。次に食べたのは、生春巻きだった。三等分してあるとはいえ、そこそこの太さのものを口に咥えるため、やはり、キャサリンとの軋轢が生まれる。すでに唇は痺れ切っているが、口に入れた瞬間に走る痛みと、みずみずしい生春巻きの歯ごたえ。咀嚼するたびにずきずきと痛む唇。キャサリンの猛攻は、とどまるところを知らない。わたしはもう痛みでわけがわからない。そんなときに、メインであるムーなんとか(これもまた名前を忘れました。タイ風ニンニク焼き、という雰囲気。あましょっぱい。)が運ばれてきた。「これ、絶対美味しいに決まってる。絶対美味しいよ!」という香りに抗えず、写真を撮る前にフライドエッグとライスを崩してしまったので、写真は若干微妙だ。が、一口食べる前に撮影したわたしの自制心は、表彰に値するに違いない。  わたしの顔より一回り大きな皿いっぱいに、米と肉が盛られている。結果的には、数枚の肉片を残してほぼ完食した。キャサリンが騒ごうが、胃が悲鳴を上げようが、お構いなしである。痛みのせいで無表情になりつつも、夢中で食べた。わたしの女子力はすでに風前の灯であったが、食欲の前に色気など無用の長物なのであった……。キャサリンは相変わらずじくじくと痛んだが、満腹感と幸福感と慣れによって、徐々にその存在感は薄らいでいった。わたしはキャサリンとタイ料理に勝利したのだ。

オムカラ部:カラオケ

 そして、やっとのことカラオケ部の活動である。[ここまで書いて、だいぶ飽きてきたので、そろそろ書くのをやめたいのだが、一応端折りつつ続けることに。6日くらい放っておいたので、かなり発酵が進んでいるに違いない。]戦況は思わしくなかったが、タイ料理の旨さがわたしを奮い立たせた。カラオケ部で14時から20時まで歌い切るために、まずは唇のコンディションを知る必要があった。唇を合わせる子音、両唇鼻音である「m」音か、両唇破裂音「p」「b」音の発音に問題がなければ、優勢である。そこで、わたしはGreen Dayの「Minority」を選曲した。Minorityだとかmoral majorityだとかいう単語が多用されており、まさにうってつけの一曲なのだった *6。しかして、「一曲目からMinority?」と、パパさんに驚かれながらも、わたしは歌いきった。発音・アクセントともに怪しくはあったが、それはいつものことなので気にしてはいけない。キャサリンはタイ料理で受けたダメージが効いていたらしく、すっかり大人しくなっていた。超絶かわいいyumiちゃんの歌う椎名林檎やJAM、ねんざ部長の安定のスピッツ *7、ソウルフルなパパさんのチェッカーズ、声が美しく伸びるたまさんが歌う高橋洋子、ハイトーンがきれいなのりお先輩のサカナクションなどなど、聞き所が満載で、非常に楽しい部活であった。わたしはCharaの「タイムマシーン」を歌うつもりが「ミルク」になり、Perfumeの「Puppy love」を歌うつもりがcapsuleの「idol fancy」になったり、椎名林檎の「警告」を歌うつもりが「罪と罰」になり……だいぶ日和った選曲であったため、今後一層の精進を誓った *8。[ところで、名曲縛りでは岡崎律子の「シンシア・愛する人」を歌いました。「仲なおり」をどこかで歌いたかったけど嘘になるし。ところでわたし、岡崎律子ファンクラブに入っていました。アニソン好きの方には一切説明不要ですが、一般の方向けにお教えしますと、岡崎律子さんはYAMAHAのCMでよく流れていた「Hello!ぷっぷる」のひとです。優しい美しい曲をたくさん作っていた方なのです。]次回までにサカナクションを覚えようと決心し、カラオケ部は終了。しかしまだ歌えるぜ! という気分。

オムカラ部:オムライス

 この日のメインイベント。yumiちゃんのオムライス、ユミムライスである。お米を炊くところからはじめる、丁寧な調理だった。  途中でケチャップの量が少なくなってきたので、ケチャップライスからバターライスに変更されたものの、たくさん絶品オムライスを作ってもらった。材料はいたってシンプル。ライスはタマネギと鶏肉だけだったと記憶しているが、タマネギと鶏肉は素材本来の甘味を生かしながら、バターの風味と良い塩梅で、そのまま食べてもおいしい。卵はしっかり3つずつ使ってあり、硬すぎず、緩すぎず、やわらかな仕上がり。ボリュームも満点だった。ほんとうに美味しかった。yumiちゃんどうもありがとう! 感謝しても感謝しきれないので、ここでもお礼を。  それにしても、yumiちゃんの要領のよさ、手際のよさはに感動した。テーブルの様子を見つつ食べ物を出してくれたり、お酒を出すタイミングをはかったりしつつ、タマネギと鶏肉を切ったり炒めたり……。無能なわたしの出る幕はまったくなかったので、ブログ書いたりyoutubeを見たりしつつ根が張ったように座っていたが *9、彼女は料理から片付けまでの三時間立ちっぱなしだった……まったく頭が上がらない。ひとが心地よく過ごせるようにという配慮が細やかに行き届いていて、ほんとうに素敵。改めてyumiちゃんを尊敬したのだった。また、お手伝いをしていたmeguさんも動作に無駄がなく、家事に慣れている様子。たまさんは終始台所と座りっぱなしのわれわれ男子陣を交互にうかがい、細々とサポートをしていらしたのだった。これが、できる女子とできないわたしの差なのだろうな……ということを考えるでもなく考えていたら、じくりとキャサリンが痛んだのだった。

ぽちゃぽちゃあひるちゃん

 買っていただいたロゼが殊の外飲みやすく、ぐいぐいと飲んでいたら、キャサリンはそれまでの沈黙が嘘のように暴れだした。  オムライス部の方は、日付が変わる前に解散となり、数名がyumiちゃんの家に泊まることとなった。もちろんキャサリンも一緒だ。帰り際に、ねんざ先輩がゴミを出していってくださったのだが、キャサリンも一緒に捨ててきてもらえば良かったと後悔した。  さて、終電もなくなった深夜。たまさんが遊んでいた「ぽちゃぽちゃあひるちゃん」というゲームを取り上げて、キャサリンに邪魔されながらも、わたしはひとりで3時間近く遊んでしまった……。水の上に浮かんでいるヒナを集め、排水口に流す。一見牧歌的に見えるが、遊び方によっては残虐極まりなく、集団自殺、見殺し、無理心中、ネグレクト等、ヒナに対するありとあらゆる虐待を繰り返し繰り返し3時間……。このゲームは中毒性があるという意味でも、かなりキケンであった。酔いと痛みのせいで集中力を切らしていたわたしを見るに見かねたたまさんに止めてもらったが、そうでなければ朝まで続けたに違いない。  忌々しいキャサリンにはずいぶんと悩まされたが、非常に楽しい時間だった。自分の好きなひとたちと美味しい物を食べ、好きなことをして、眠りにつく。なんという幸福。  がらんとした家に帰ると、楽しさと寂しさのコントラストにめまいがしそうだった。相変わらず痛むキャサリンが憎らしくなって、親指と人差指で唇をぎゅっと摘んだら、キャサリンの白く抜けた中心から、血がにじみ出てきた。血は、粘膜の表面を這うように伸びていった。  一週間程たった今、キャサリンは赤い跡になって残っている。もう何を食べても痛んだりしないし、わたしの集中力を削ぐこともない。鏡の前で唇をめくったときにだけ、存在を確認することができる。なんとなく寂しいような気がするが、もう二度と戻ってきて欲しくないと思うのだった。しかし、一体わたしは何を書いているのだろうか……。自分の方向性に対する一抹の不安を感じつつ、本エントリを終えることにする。わたしは人生で迷子だが、オチも迷子なのだった。

*1:サンベネデット。王蟲がもっとも好きな水である。

*2:のりお先輩に「もう(口内炎に)名前つけなよ」とご助言をいただいたのだった。

*3:戦友であるまさるさんから口内炎薬は「ケナログ」がオススメとの情報をいただきました。ありがとうございます!

*4:ええと……本当にちゃんと「化粧の歴史」について調べたい方は、専門書をお読みになってください。といっても、民俗学的な化粧とは何かといった研究と、ファッションとしての化粧の流行がどのように変化してきたのかの美容系の研究があるので、そのあたりを念頭に置かれるとよいとおもいます。後者はたいてい女子大の先生が書いていらっしゃるような気がしますが、嘘だったらごめん。

*5:……らしいですけどね……おうむ、よくわかんなーい。

*6:マドンナの「Material Girl」でもよかったなー。

*7:ねんざ部長が歌うと、すごくハモリやすいので、隣で勝手にハモリの練習をさせていただきました……。

*8:自分の音域を冷静に考えて、オリオンをなぞるのはこれで最後にしようと思ったりなど。

*9:無能なんです……繰り返しますけど……。